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東京地方裁判所 昭和59年(行ウ)71号 判決

原告

社会福祉法人東京光の家

右代表者理事

田中亮治

右訴訟代理人弁護士

高橋秀忠

被告

東京都地方労働委員会

右代表者会長

古山宏

右訴訟代理人弁護士

平山三喜夫

右指定代理人

佐藤宏

谷原隆之

参加人

東京光の家職員労働組合

右代表者執行委員長

原田恵理子

右訴訟代理人弁護士

栗山和也

栗山れい子

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告が都労委昭和五八年(不)第八七号事件について昭和五九年四月一七日付けでした命令を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

主文と同旨。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、視覚障害者の教護・授産・更生援護を目的とする社会福祉法人であり、肩書地において、救護施設「東京光の家」、授産施設「旭が丘更生園」、更生援護施設「新生園」及び盲人ホーム「光の家鍼灸マッサージホーム」の各施設を設置運営しており、その従業員数は約八五名である。

2  参加人組合は、原告の従業員三名及び原告から解雇された元従業員一名の合計四名によつて昭和五七年五月一日に結成されたとされている。

3  参加人組合は、昭和五八年九月七日、被告に対し、原告の団体交渉に応じない行為が不当労働行為であるとして、救済の申立てをし(都労委昭和五八年(不)第八七号事件)、被告は、昭和五九年四月一七日付けで、別紙のとおり、右申立てを認容する命令(以下「本件命令」という。)をし、同年五月二一日、右命令書を原告に送達した。

4  しかし、本件命令は、次のとおり違法である。

(一) 労働委員会が不当労働行為救済申立てについて審査手続を開始するには、その前提として、当該救済申立てをした労働組合が労働組合法二条及び五条二項の規定に適合するものであるか否かについての審査(以下「資格審査」という。)を先行しなければならない。参加人組合は、「主たる事務所の所在地」について、原告法人の許可がないのに、原告法人の所有地・占有地地番と電話番号を盗用しており、同法五条二項二号の要件を満たす組合か否かについて重大な疑義があつたから、原告は、被告委員会に対し、審問に入る前に資格審査を行い、適切な措置を取るよう強く要請していた。しかし、被告委員会は、これを無視し、資格審査を行わないまま審問を強行した。したがつて、本件命令は、労働組合法及び労働委員会規則に違反する手続に基づいてされたものであるから、違法である。

(二) 参加人組合は、前記のように、主たる事務所の所在地について原告法人の許可がないのに、原告法人の所有地・占有地の地番と電話番号を盗用している。原告法人は、参加人組合がこのような地番の盗用を止めるように要請をし、地番の盗用という事態が解消されさえすれば、直ちに団体交渉に応じる旨を一貫して表明しているのであり、参加人組合が右の不法行為を改めないので、団体交渉に応じないのであつて、本件の団体交渉拒否には正当な理由がある。

この地番の盗用の是非について、被告委員会は、労働組合法五条二項の「主たる事務所の所在地」について、「その場所に必ずしも施設としての組合『事務所』がなくとも、組合の本拠として定めてあれば足りる趣旨であると解される。」と判断しているが、この判断は、家族関係に関する戸籍制度における観念的な場所である「本籍」の所在地と、個人に関する住所制度としての実体的な場所である「生活の本拠」とを混同するものであり、暴論というべきである。また、被告委員会は、「本件の場合、組合が『主たる事務所の所在地』を法人の住所と同一に記載していることは、」労働組合法五条二項二号に違反するものではない旨判断しているが、他人の所有・占有する土地の地番と電話番号を盗用し、これを自己の住所及び電話番号であると詐称することは現行法上容認できないことであるから、右判断は、いわゆる泥棒の論理を擁護するものであるといわざるを得ない。したがつて、右のような誤つた判断を前提として、原告法人の団体交渉の拒否に正当な理由がないとする本件命令は違法である。

5  よつて、原告は、本件命令の取消しを求める。

二  請求原因に対する被告及び参加人の認否

1  請求原因第1項は認める。

2  同第2項は、「原告から解雇された元従業員一名」とある点を除き、認める。参加人組合は、原告の四名の従業員によつて原告主張の日に結成されたものである。

3  同第3項は認める。

4  同第4項は争う。

本件命令は、労働組合法及び労働委員会規則に従い適法に審査されたもので、原告主張のような違法はない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因第1項(原告法人の目的等)及び同第3項(本件命令の発出)の事実については、当事者間に争いがない。

二原告は、労働組合の申し立てた不当労働行為救済申立てについての審査手続に入るには、その前提として資格審査を先行して行い、当該労働組合が労働組合法二条及び五条二項の規定に適合することが立証されなければならないのにかかわらず、被告委員会はこれをしなかつたので、本件命令には手続上の違法があると主張する。

なるほど、同法五条一項は、「労働組合は、労働委員会に証拠を提出して第二条及び第二項の規定に適合することを立証しなければ、この法律に規定する手続に参与する資格を有せず、且つ、この法律に規定する救済を与えられない。」と規定しているところ、同法二七条一項に定める不当労働行為救済申立てについての調査及び審問の手続がここにいう「この法律に規定する手続」であり、かつ、同条四項に定める救済命令が「この法律に規定する救済」に該当することは明白である。しかし、同法五条一項の文言は、文理上は資格審査の決定を時間的に不当労働行為の審査手続に先行すべきことを定めているものと解釈することも、そうでないと解釈することも可能であつて、文理のみからはいずれとも決し難い。そして、労働組合が同項に定める資格を有するかどうかの判断のための資料は、不当労働行為の成立の判断のための資料と共通する場合があり得ること、不当労働行為の救済手続は事柄の性質上迅速に行われることが要求されること、同項の資格審査の規定は使用者の法的利益の保障を目的とするものではないことを考慮すれば、あたかも民事訴訟における訴訟要件が本案判決をするための要件であつて、本案の審理に入るための要件ではないのと同様に、当該労働組合が同法二条及び五条二項の規定に適合することは、不当労働行為の救済命令を発するための要件であつて、不当労働行為についての審査手続に入るための要件ではなく、したがつて、審査手続に入る前に必ず資格審査の決定を先行しなければならないものではなく、救済命令を発する時までに資格審査の決定がされておれば足りるものと解するのが相当である。

そして、〈証拠〉によれば、被告委員会は、本件救済命令を発した昭和五九年四月一七日に参加人組合が同法五条一項の要件に適合する旨の決定をしていることが認められるから、原告主張の点についての被告委員会の手続には違法はなく、原告の主張は採用することができない。

三次に、本件団体交渉拒否に至る事実関係について考察すると、〈証拠〉を総合すると、次の各事実が認められ、この認定に反する証拠はない。

1  参加人組合は、昭和五七年五月 日、いずれも原告法人の従業員である原田恵理子、三浦倫子及び長橋美保並びに原告法人から解雇の処分を受け、現在もその効力を裁判上争つている岩間章司の合計四名によつて設立された。その際、参加人組合は、組合規約を制定し、その所在地として「東京都日野市旭が丘一―一七―一七、東京光の家内におく。」旨定めた。参加人組合は、結成当時から現在に至るまで、右の原告法人の施設所在地内に事務所等の組合施設を有していたことはなく、原告法人からは、事務所の提供や郵便物及び電話の取次ぎ等の便宜供与を受けていないが、参加人組合の活動は主としてその組合員の職場である原告法人の施設内で行うことから、その所在地を右のように原告法人の施設所在地と定めたものであり、このように定めることについては、原告法人に了解を得ることはしていない。また、参加人組合は、原告法人から右のように便宜供与を受けていないことから、対外的活動に当たつては、組合員岩間章司の居住しているアパートの住所と電話番号を連絡先として表示したビラを作成するなどしている。

2  参加人組合は、同月一七日、原告法人に対して、組合結成の事実を通告するとともに、「組合活動の権利及び組合員の労働条件の改善」等に関する要求書を提出し、団体交渉の開催を申し入れた。参加人組合と原告法人とは、同月二一日及び二四日の両日、右団体交渉のための予備交渉を行つた。その際、原告法人は、解雇された岩間章司が出席する団体交渉には応じられない旨強く主張した。そこで、参加人組合は、同年六月一日、組合員岩間を交渉員からはずして第一回の団体交渉に臨んだ。その席上、原告法人は、要求事項に関する交渉に先立つて、参加人組合が労働組合法で認められた正当な労働組合であることを証明する資料及び組合規約の提出を求め、結局要求事項に関する交渉には入ることができないまま、同日の交渉は終了した。

参加人組合は、原告法人の右要求に応じ、被告委員会に対して資格審査の申請をし、同年七月二二日、被告委員会から、参加人組合が労働組合法二条及び五条二項の規定に適合することを証明する旨の労働組合資格証明書の交付を受けた。なお、右証明書には、参加人組合の事務所の所在地として、前記組合規約上の組合の所在地がそのまま記載されていた。

参加人組合は、同年八月二日、右証明書を添えて原告法人に対して団体交渉の開催を申し入れた。参加人組合と原告法人とは、同月六日に予備交渉を行い、同年九月二日に第二回の団体交渉を開催することを合意し、前記同年五月一七日付け要求書記載事項ほか二項目を議題とすることを確認した。ところが、第二回団体交渉において、原告法人は、前記労働組合資格証明書に記載されている参加人組合の事務所の所在地が原告法人の施設所在地と同一であることをとらえ、原告法人の地番を勝手に使用することは許されないから、組合事務所の所在地を変更するよう要求した。これに対して、参加人組合は、住所は原告法人の私有物ではないし、被告委員会も事業所の住所を組合事務所の所在地としてよいと説明したなどと主張して、右要求を拒絶し、結局、この日も実質的な交渉に入ることができなかつた。

参加人組合は、同年九月六日、原告法人に対して、前同様の議題について第三回目の団体交渉を開催するよう申し入れた。しかし、原告法人は、同月一四日に開かれた予備交渉において、組合事務所の住所が変更されない限り、団体交渉には応じることができない旨回答した。更に、参加人組合は、同年一〇月二八日及び一一月五日の二回にわたり、前同様の議題のほかに組合事務所の住所問題を議題に追加して、団体交渉の開催を申し入れた。しかし、原告法人は、同月一二日に開かれた予備交渉において、原告法人の住所の無断使用を改めれば、団体交渉に応じると主張し、団体交渉は行われなかつた。そして、これが、両者間の最後の予備交渉となり、参加人組合は、こののちも同月一八日、昭和五八年七月一四日、同月一九日、同年九月二一日及び同月二八日に団体交渉の開催を申し入れたが、原告法人は、前同様の主張を繰り返し、申入れ書自体を返却するなどして、これを拒絶し、以後団体交渉を拒否し続けている。

なお、この間参加人組合は、昭和五七年一二月二一日、被告委員会に対し、組合事務所問題等に関する団体交渉の促進を求めるあつせんの申請をした。しかし、原告法人は、前記主張を繰り返すのみで、団体交渉に応じようとはせず、参加人組合も、事務所所在地を変更しようとはしなかつたため、あつせんは調わず、参加人組合は、昭和五八年九月七日、あつせん申請を取り下げた。

四以上認定の事実によれば、原告法人は、参加人組合の団体交渉の申入れに対し、参加人組合がその主たる事務所の所在地を原告法人の住所と同地番に定めていることを理由として拒否していることが明らかであり、本件訴訟における原告法人の主張もこれと同様である。

そこで検討すると、労働組合法七条二号は「使用者が雇用する労働者の代表者と団体交渉をすることを正当な理由がなくて拒むこと」を不当労働行為として禁止しているところ、ここにいう労働者の代表者に労働組合が含まれることは異論の余地がなく、右の労働組合には労働組合としての実体を有するものすべてが含まれるものと解するのが相当である。労働組合法五条一項は、労働組合が同法に基づき不当労働行為からの救済を受けるための資格要件として、当該組合が同法二条及び五条二項の規定に適合するものであることを要求しているところ、右資格要件のなかには、それを欠くことによつて実体的にも不当労働行為の成立が否定されるものもあるが、不当労働行為の成否自体には関係がなく、不当労働行為救済手続を円滑に進めるために便宜上要求されているにすぎないものもある。同法五条二項二号が、労働組合の規約に主たる事務所の所在地に関する規定を含むことを要求しているのは、当該組合の活動の本拠を特定させることにより、救済申立人としての労働組合の特定を容易にすることを目的としたにすぎないと解すべきであるから、当該組合が労働組合としての実体を有する以上、たとい、その規約に主たる事務所の所在地が記載されていなかつたり、その記載が実態に合致しないものであつたとしても、使用者は、そのことのみを理由として、当該組合の申し入れた団体交渉を拒否することはできないものと考えられる。このことは、労働組合が、使用者の事業所内に事務所を有していないにもかかわらず、使用者の同意を得ずに、その規約上、主たる事務所の所在地として右事業所の住所を記載した場合にも、異なるものではない。

これを本件についてみると、参加人組合の規約上の「組合の所在地」の記載が実態に合致したものであるか否か及び原告法人の許可なくその所有地・占有地地番を自己の所在地として表示することの当否の点はともかくとして、前記認定によると、参加人組合が労働組合としての実体を有するものであること及び参加人組合が使用者である原告法人に対して適式な団体交渉の申入れを行つたことは明らかであるから、仮に右記載に問題があつたとしても、原告法人はそのことのみを理由に右申入れを拒否することはできないというべきである。それにもかかわらず、前記認定によると、原告法人は、参加人組合に対して、組合事務所の所在地を変更しない限り、参加人組合の申し入れた団体交渉に応じないとの態度をとつたのであるから、原告法人の右態度が労働組合法七条二号にいう不当労働行為に該当することは明らかである。

また、原告は、本件命令中の、参加人組合の「主たる事務所の所在地」の記載の是非についての判断に誤りがある旨主張するが、右判断の当否は、前記のとおり、不当労働行為の成否とは無関係であつて、仮に右判断が誤つていたとしても、それのみを理由に本件命令を取り消すことはできないから、原告の右主張はそれ自体失当である。

五以上によると、原告法人のした団体交渉拒否が不当労働行為を構成することは明らかであり、原告が取消事由として主張する点はいずれも失当であり、他に本件命令を取り消すべき事由は見当たらない。

よつて、原告の本訴請求は失当であるから棄却すべきものとし、訴訟費用(参加により生じたものも含む。)の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九四条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官今井 功 裁判官藤山雅行 裁判官星野隆宏)

《参考・命令書「主文」》

〔主   文〕

1 被申立人社会福祉法人東京光の家は、申立人東京光の家職員労働組合が、その組合規約に同組合の「主たる事務所の所在地」を被申立人の住所と同地番に定めて記載していることを理由に、申立人組合の申し入れた団体交渉を拒否してはならない。

2 被申立人社会福祉法人東京光の家は、本命令書受領後、一週間以内に、五五センチメートル×八〇センチメートル(新聞紙2頁大)の白紙に、下記の内容を楷書で明瞭に墨書して、被申立人肩書地東京光の家の本館正面入口に一〇日間掲示しなければならない。

昭和  年  月  日

東京光の家職員労働組合

執行委員長 原田恵理子殿

社会福祉法人東京光の家理事長 田中亮治

当社会福祉法人東京光の家が、貴組合の規約に当法人の住所を貴組合の「主たる事務所の所在地」に定めて記載していることを理由に、貴組合の申し入れた団体交渉を拒否したことは、不当労働行為であると東京都地方労働委員会において認定されました。

今後、このような行為を繰り返さないように留意いたします。

(注、年月日は文書を掲示した日を記載すること。)

3 被申立人は、前項の命令を履行したときは、速やかに当委員会に文書で報告しなければならない。

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